激甚化する自然災害、“情報”をキーにレジリエンスを強化!
配電復旧支援システム&アプリ開発に込めた思い
2021/08/19
2019年9月、過去最強クラスの勢力で千葉県に上陸し、記録的な暴風で関東各地に深刻な被害をもたらした台風15号。当社受持ちエリアでは送電鉄塔2基が倒壊し、電柱約2,000本が折損、最大約93万軒の停電が発生する大きな被害が発生しました。復旧にあたった東京電力パワーグリッドでは、その直後から非常災害発生時の配電復旧をよりスピーディーに行うためのデジタルシステム開発に向けた検討を開始。担当者の2人に、開発プロセスとシステムの概要、そこに込めた思いを聞きました。
東京電力パワーグリッド
配電部 業務システムグループ
平松 保男
2010年入社。支社で配電保守業務に7年携わった後、本社配電部 業務システムグループに異動。1年半の株式会社テプコシステムズへの出向を経て、2020年3月より現職。
東京電力パワーグリッド
経営企画室 経営戦略グループ
和田 孝平
2001年入社。支社で配電保守業務に10年、支店で保全業務に3年携わった後、本社配電部に異動。業務システムグループ、配電業務改革グループを歴任し、2020年10月より現職。
忸怩たる思いを胸に開発をスタート
平松「2019年の台風では広範な地域に停電が発生し、多くのお客さまにご不便をおかけしました。当社としても総力を挙げて対応に当たり、行政、自衛隊や警察、協力企業など関係各所の多大なご協力を得てなんとか復旧に至りましたが、我々としては忸怩たる思いが残りました。次に同じような、あるいはそれ以上の規模の災害に見舞われたときを見据えて、しっかりと対策を講じておかなくてはならない。一連の対応を振り返ったとき課題として挙がったのが、各地の被害状況の把握と共有をもっとスムーズに行えたのではないかということでした」
和田「どこでどのような被害が発生し、いまどのような状況にあるのか。これは、被災地域にお住まいのお客さまにいち早くお届けすべき情報ですし、復旧作業の進行にも関わってきます。当社のレジリエンス、すなわち災害対応力強化に向けて、対応策の検討を進めていきました」
平松「情報をいかに共有するかということを考えていくと、やはりデジタル技術の活用に勝るものはありません。同年12月から、非常災害発生時に被害状況の情報共有をサポートする『配電復旧支援システム』と、災害現場に出向する巡視員が利用するスマートフォン版の『配電復旧支援アプリ』の開発がスタートしました。
復旧作業に携わる誰もがアクセスでき、最新の停電や被害状況を確認し、また更新していくことができる──そんなシステムがあれば、復旧作業は大幅に効率化できたはずです。
これら集約した情報を地図上に表示する機能も搭載し、復旧の『今』をリアルタイムで可視化できるものを目指しました」
復旧活動の最適化を実現するために
和田「災害発生時に巡視員がこの『配電復旧支援アプリ』を立ち上げると、まず自分が巡視を担当する区間と、その中でどの配電線がいつから停電状況にあるのかなどの情報が読み込まれます。これを確認しながら現場に向かい、『巡視開始ボタン』を押して巡視をスタート。電柱がどれだけ折損してどれだけ倒壊しているのか、何本の電線が断線しているのか、倒木はあるのか、復旧作業に当たって高所作業車が入れる状況か否かといった情報を入力していきます。スマートフォンのカメラで写真を撮影して送信できる機能も搭載し、現場のリアルな状況を即座に共有することができるものになっています。
また、大規模な災害に見舞われた地域ではしばしばデータ通信が困難な状態になってしまうため、そこで操作ができないようでは実用的とは言えません。アプリそのものは通信状態にかかわらず操作可能な仕様にし、通信できる場所に着いた時点で記録した内容を一括送信できる機能を搭載しました」
平松「これによって正確な現場の情報がほぼリアルタイムで共有できれば、優先して対応すべきエリアを迅速に把握し、過不足なく人員と機材を投入できる。復旧活動全体を俯瞰して最適化し、お客さまに不便な思いをさせる時間を短縮することにつながります。また、現場の巡視員にとっては、これまで拠点に戻って報告書を作成していた時間を他の復旧作業に当てられる。これも大きなメリットになるはずです」
「次」が来る前のリリースを目指して
平松「このプロジェクトにアサインされたときの高揚感は、今でもよく覚えています。少なくない時間を配電の現場で過ごしてきた人間として、また各種情報を扱う職務を経験してきた者として、このシステムの意義は実感できたので、ぜひとも実現したいと考えました。一方で、かけられる時間が非常にタイトだったのも事実です。通常、この規模の開発であれば年単位のプロジェクトになりますが、目指すシステムの性質上、翌年の台風シーズンまでには実装しておくことは絶対条件。事故発生~巡視~工事~送電まで、復旧作業全体の業務フローを整理しシステムとして構築するため、かなりの強行スケジュールを覚悟しました」
和田「さらに、システムの開発を進めていく中で巡視員向けのスマートフォンアプリも開発することが決まったので、輪をかけてスケジュールはタイトなものになりました。もともと目指していたシステムもスマートフォンで閲覧可能なものではあったのですが、多様な情報を集約しているために、現場で使用するにはいささか複雑すぎるものになってしまう可能性が高かった。巡視員がその場その場で被害状況を入力していけることは今回のシステムの肝ですから、閲覧情報と機能を絞り込み、よりシンプルに操作できるものを用意する必要がありました。私は社内向けのスマートフォンアプリ開発に携わった経験があったため声がかかり、途中から加わる形で本プロジェクトに参加。先行して開発が進んでいたシステムから、何が必要で何が必要でないのか、その取捨選択から作業を始めました」
平松「完全にシステムができあがった状態でアプリに着手できたわけではなく、双方の担当者が併走しながら開発を進めていくような形でしたね。システムは2020年7月、アプリは9月の完成を目指して、プロジェクトメンバー全員で一歩ずつ作業を進めていきました。テストを行い、不具合を洗い出し、その原因を解消する。地道な積み重ねの末、予定通りの期日にリリースできたときは心からホッとしたのを覚えています」
「本番」に備え、万全の体制づくりを
和田「急ぎ開発を進めたシステムとアプリでしたが、結果的に2020年は配電網に甚大な被害を及ぼす規模の災害は発生せず、実際に現場で使用される機会はありませんでした。もちろん、それに越したことはありません。大切なのは、『本番』に備えた準備ができたということ。私自身、配電の現場とその業務改善、また災害時の各種対応にあたってきた人間なので、それらに貢献するものの開発に携われたことは本当に光栄だったと思っています」
平松「結果的に『本番』を迎える前に、現場からのフィードバックをもらえたことは幸いだったと言えるかもしれません。現場の声を受けて、2021年7月にはさらなるブラッシュアップをおこないました。特に大きな改良点は、『訓練モード』の搭載です。2020年にリリースしてみたところ、災害時を想定した訓練に使ってみたいという声が予想以上に多かった。実際の被害が生じるまで触ったこともないものを使うのは現場としても抵抗が大きいでしょうし、単なる『道具』ではなく、それを使う人や体制づくりの一助となれるのは私たちとしても望むところ。当初の目的であるレジリエンス強化につながるよう、今後も改善を重ねていきたいですね」
和田「気候変動に伴って、大規模な台風や豪雨をはじめとする災害は増加傾向にあります。そうした中で、電力という重要なインフラを担っている私たちの責任は本当に重い。いざというとき、正確な情報をスピーディーにお客さまのもとに届けられるように、そして、それをフル活用して早期の復旧を実現できるように、これからも精力的に取り組んでいきたいと考えています」