廃炉の道標(みちしるべ)ともなる化学分析業務
廃炉作業に特化させた「スマートグラス」が分析の正確性をさらに高める

2020/11/20

廃炉の道標(みちしるべ)ともなる化学分析業務 廃炉作業に特化させた「スマートグラス」が分析の正確性をさらに高める

福島第一原子力発電所では、震災前の約16倍に当たる年間約8万件の化学分析が行われています。分析業務の結果は日々ホームページで公開されると共に、廃炉作業に向けた重要な情報になっています。これまで手作業で行われていた分析作業ですが、正確性を高めて効率化を図るために、メガネ型のデジタル端末「スマートグラス」によってシステム化されました。廃炉作業に特化したスマートグラスが生まれた経緯、そしてもたらした効果について、担当者に話を聞きました。

東京電力ホールディングス株式会社
福島第一廃炉推進カンパニー
福島第一原子力発電所 防災・放射線センター
放射線・環境部 分析評価グループ

佐藤 博信

2011年10月に福島第二原子力発電所から異動。化学分析施設の復旧と化学分析業務の体制整備を担当し、4年前からスマートグラスの開発に取り組む。

佐藤 博信

業務量がより一層増えることを見越してシステム化に着手

現在、福島第一原子力発電所では、多核種除去設備などの処理水や建屋内に溜まっている水、発電所構内の地下水、発電所周辺の海水などから試料を採取して、化学分析しています。その件数は震災前の約16倍の年間約8万件にも上ります。

分析データから発電所の現状が「見える化」できるため、社会的な関心も高く、分析結果を毎日ホームぺージで公開しています。また分析データは廃炉に向けての方向性を決める重要な情報でもあり、高い正確性が常に求められています。

これまで約140人の東京パワーテクノロジーの分析員が分析にあたってきました。ですが、集計データを自ら入力しなければならないなど、分析には手作業のものが多く、データ処理の負荷は作業全体の3分の1にも及んでいました。その結果、新たな分析手法の習得など、本来取り組むべき課題に取り組めない状況に陥っていたのです。今後、廃炉の進捗に伴い新たな分析項目や採取試料の発生、難易度の高いデブリの分析への取り組みが予想される中で、システム化によって作業効率を高め、分析の正確性を向上させることが必須だと考えていました。

無ければ自分たちで作るしかない

実際にシステム化の検討を始めたのは4年前です。まず、ホワイトボードやチェックシートに記入していたものを自動化できれば、大幅に作業効率は向上すると考えました。
最初はタブレットを想定したのですが、結局紙と同様に両手を使うことになり、作業の効率化が図れません。そこで目をつけたのがスマートグラスです。ところが、市販されているスマートグラスは文字が映し出されるなどの機能はあるものの、我々が求める使い方には機能が不足していました。議論した結果、「無ければ作るしかない」という結論に達しました。

廃炉は安全・着実かつ速やかに進めることが必要です。このため、市販のものを改良しました。QRコードを読み取れるカメラが付いているセイコーエプソン社製のスマートグラスに、映像送信機能、ヘッドホン、マイク、フェイスシールドを追加し、グラスを上下に動かすための装置も付けました。

化学分析用スマートグラス(SG)の機能

試作機を作りテストして調整するという作業を繰り返して、完成したのが現在のスマートグラスです。データ管理システムの一部として稼働し、試料に貼られたQRコードを読み取り、内容を確認するとともに、記載された採取日時をシステムに音声入力して、データ評価室とのダブルチェックを行います。

分析作業中にはスマートグラスで測定条件を自動入力し、分析直後にスマートグラスでトレンドを確認します。システムと照合されることで、正確なデータがリアルタイムに得られるようになりました。

効果としては、年間約80万枚作成していたチェックシートが全て不要となり、1日分(約80試料)のデータを処理するのに要する時間は、延べ57時間から19時間に短縮されました。これにより、化学分析を担当する分析員を140人から110人に削減でき、より難易度の高い分析の技術力やスキルの習得に人員を投入できるようになっています。

データ処理効率化

今回、廃炉に向けた取り組みの中で、今までになかった新しい技術も数多く生まれています。私たちが開発したスマートグラスもそのひとつ。汎用性が高いものですから、化学分析業務以外にも応用できると思います。スマートグラスが他の産業にも貢献できたら嬉しいですね。

東京パワーテクノロジー株式会社
原子力事業部 福島原子力事業所
環境化学部 環境化学第三グループマネージャー

池田 幹彦

入社26年目。福島第一原子力発電所に7年前に着任以来、一貫して化学分析業務に取り組む。担当は放射能濃度分析や水質分析。

池田 幹彦

手作業が大幅に減って本来の分析業務にシフトできた

私は7年前に福島第一原子力発電所に異動してきました。ずっと分析員として化学分析業務を担当し、手書き、手入力、転記、確認という作業を、当然のようにアナログで行っていました。

スマートグラスを使ったシステム化を検討したいので協力して欲しいと言われて、テストに参加したときは半信半疑でした。実際に使ってみて「こうした方が良いのでは」と意見を述べて何度もテストを繰り返しているうちに、「これなら分析の現場で使える」と感じるようになりました。

実際にスマートグラスを使って実感しているのが、分析を始めるにあたっての試料の確認作業が大幅に効率化されたことです。これまで試料の採取日時、試料量などの項目について、分析ステップごとに手入力、チェックシートへの記載、人手によるダブルチェックをしてきました。

システム化前のデータ処理

それが、試料に貼られたラベルのQRコードを読み取って、採取日時を読み上げるだけになりました。スマートグラスからデータ評価室にデータが送信され、これまで人手でダブルチェックしていたことをシステムが自動判定して、登録してくれます。

採取日時の登録

また、分析に付随する管理作業も改善されました。これまで手入力していた測定条件や測定値を、スマートグラスによって測定器から自動で収集し、入力値を目視で確認したことを音声入力するだけで、次の分析にとりかかることができます。

また、手作業が大幅に減り、分析を始める前の試料の確認時間が3分の1程度になったことで、分析の本作業に使える時間が増えました。

影の立役者としてやりがいを感じている

化学分析のデータは、汚染水を処理する設備の健全性や廃炉に向けたステップを踏むために大切です。影の立役者としてのやりがいを感じていますが、間違ったデータを絶対に出せないという大変さもあります。分析手順をひとつずつ確認しながら、緊張感を持って仕事に臨んでいます。

分析内容によっては、時間に余裕のないものもあります。これまでは分析よりも管理作業に時間をとられていましたが、スマートグラスで時間的な余裕が生まれたことで、スムーズに取り組めるようになりました。それがより一層のやりがいにつながっています。

東京パワーテクノロジー株式会社
原子力事業部 福島原子力事業所
環境化学部 環境化学第二グループ

松本 真由子

2019年4月に新卒で入社。同年11月から化学分析業務に携わる。福島第一原子力発電所周辺の海水の分析を担当している。

松本 真由子

スマートグラス無しでの化学分析業務は考えられない

2019年4月に入社したばかりで、スマートグラスの本格的な運用に携わることができたことは、貴重な体験になりました。

大学では化学科で学んでおり、当時も現在と同様に毎日化学分析を行っていましたが、手作業で紙に記入するというアナログ的なスタイルでした。それがスマートグラスを使うと、グラフの作成も簡単で、データ入力の作業も必要ないので、大変便利だと実感しています。

私は初めからスマートグラスがある環境で分析の業務に臨んできました。しかし、もしスマートグラスがなかったら、今の分析業務の仕事量をこの人数でこなすことはできないと思います。

大学のときには、分析を積み上げていって、最後のところで途中の入力ミスに気づき、また立ち戻ってやり直すことがよくありました。そのようなときには「もう化学分析はやりたくない」と落ち込んでしまうこともありましたが、スマートグラスがあれば、その場でトレンドグラフから異常に気づくことが出来るので、そのような心配もありません。本当に優れものだと思います。

福島の安心、安全につながっている仕事に誇りを感じる

私たち分析員の仕事は、廃炉への工程を進める上で欠かせないものです。それだけに誤ったデータを発信することだけは避けなければなりません。

私は栃木県の出身ですが、父が福島第一原子力発電所で働いていたので、ここでの業務が大変なことは知っていました。しかし、父のように社会に貢献したいと考え、この会社に入社しました。ここで働いていることで、友人たちから「ありがとう」「すごいね」と言われることも多く、とてもやりがいを感じています。

周囲は優しい人ばかりで、とても雰囲気の良い現場です。また、以前は防護服の着用が必要で動きづらく、特に夏場は暑くて苦しくなることがありました。しかし、現在では防護服を着用しなくても作業ができるまで環境が改善されています。

それでも毎日ヘトヘトで部屋に戻るとすぐ寝てしまうくらい、全力で業務にあたっています。自分の仕事が福島県の安心、安全につながっているという思いもあって、充実した毎日を過ごしています。

集合写真

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