凍土遮水壁の造成・運用が評価され
携わったみなさんと共にいただいた土木学会技術賞
2019/09/04
福島第一原子力発電所の廃炉作業に向け、大きな課題である原子炉建屋への地下水流入を防ぐため、2013年に凍土方式による遮水壁設置のプロジェクトがスタートしました。2016年2月に設置は完了し、3月から凍結運転が始まっています。また今回の取り組みでは、造成・運用の功績に関して平成30年度土木学会技術賞を受賞しました。このプロジェクトに携わったチームメンバーに、汚染水対策における凍土遮水壁の役割や工事の経緯、設置・運用にまつわるエピソードなどを聞きました。
鹿島建設株式会社
東京土木支店 福島土木統合事務所
福島第一凍土遮水壁工事事務所
所長
阿部 功
2014年8月に凍土遮水壁の工事担当として福島第一原子力発電所に赴任し、2016年春から2代目の福島第一凍土遮水壁工事事務所長を務める。
東京電力ホールディングス株式会社
福島第一廃炉推進カンパニー
プロジェクト計画部 土木・建築設備グループ
専任スタッフ
松鵜 正則
2013年10月の凍土遮水壁事業開始時から本社において工事認可取得や施工者との契約など、主に対外対応を担当。
東京電力ホールディングス株式会社
福島第一廃炉推進カンパニー
福島第一原子力発電所 土木部 地下水調査グループ(取材当時)
加藤 博之
2016年7月に凍土遮水壁の現場に配属。工事期間中は施工管理と安全管理を担当し、運用開始後は維持管理運転に携わる。
地下水を汚染源に“近づけない”ための陸側遮水壁
松鵜「山側から海側に向かって流れる発電所構内の地下水が、原子炉建屋に入り込むと汚染水が増えてしまいます。そこで建屋敷地を遮水壁で囲み、地下水を汚染源に“近づけない”ため、陸側遮水壁を設置するのが今回のプロジェクトです。凍結管を建屋周囲に約1m間隔で約1500本埋設し、凍結管内にブラインと呼ばれるマイナス30度の冷却液を循環させ、周辺の地盤を凍らせることで、氷の壁を作っています」
阿部「遮水壁の方式として、凍土、粘土、砕石の3案が提案されたのですが、次の4点のメリットから当社が提案する凍土方式が採用されました。
まず1点目は、土壌そのものを凍らせる凍土方式は透水係数が小さいため、非常に高い遮水性を持っていること。2点目は、万が一地震などによって損傷を受けてもすぐに自己修復することです。
3点目は、凍土方式は細い凍結管を地中に設置するので、地下にあるトレンチや配管といった埋設物を撤去することなく設置が可能であること。4点目は、粘土、砕石による遮水壁は、築造時に既存の土壌と全て置き換えるため、施工に伴い放射能に汚染された土壌が大量に発生しますが、凍土方式は、その場にある土壌そのものを凍らせるので、廃棄物の発生量が非常に少ないというメリットがあります」
松鵜「凍土方式では、他の方式のようにクレーンなど大きな建設機械は必要とせず、小型の機械で迅速に作業できるため、作業スペースが限られる陸側遮水壁の工事に適しており、さらに工期が比較的短く、放射線量の高い現場での作業時間を減らせるという特徴もあります。
工事は2013年11月に準備作業を開始し、2014年6月に削孔を始め、2016年2月に凍結設備の設置が完了しました。2015年1〜4月頃のピーク時は1日に最大約950人、2018年3月時点で延べ34万人が作業に携わっています。地下水の流れによって凍りにくい状況が想像される中、確実に、安全に、かつスピーディーに壁を造成することが課題でした。また、凍結工法(=凍土方式)は通常、トンネル工事などで仮設として短期間使われるものであるため、長期間の運用を想定していません。今回の遮水壁は長期間の運用が前提となっており、そのための技術確立も課題でした」
防護服の上に7~8kgの遮蔽ベストを着て作業
阿部「現場で苦労したこととしては、設備の設置場所の選定が挙げられます。雨の影響を減らし、遮水壁の効果を最大化するには、できるだけ原子炉建屋に近い場所への設置が必要で、現場を確認し、関係者と協議を重ねながら場所を選定していきました。ただ、建屋に近い場所は放射線量が高いため、作業員の被ばく対策もしっかりやらなければいけません。凍土方式は他の工法より作業時間が短く済み、被ばくを減らせる点がメリットですが、それでも作業員さんには防護服の上に7〜8kgもある遮蔽ベストを着用してもらい作業に臨みました」
松鵜「凍結管と埋設物が交差する場所が主なものだけで約80箇所ありました。その1本1本ごとにどういった工事を行うかを鹿島建設さんと協議して内容をまとめ、原子力規制委員会の認可をいただかなければなりません。また、当初は山側から海側へと凍結していく計画でしたが、建屋周辺の地下水位の低下による建屋滞留水の外部漏れの可能性が低い、海側から山側へと凍結していく計画に変更しました。この計画変更にも認可をいただきました。認可をいただいて数日後には工事が始まるような状態になり、現場のみなさんにはご苦労をおかけしたと思います」
阿部「完成した凍土遮水壁は、長さ約1500m、深さ30mと、世界でも前例のない大規模な凍土遮水壁になりました。凍結のフェーズでは、建屋の水位が地下水位よりも高くなって建屋滞留水が外部に漏れることのないように、未凍結箇所を残しながら慎重に段階を踏んで凍結作業を進めました。また、地中温度を逐次計測しながら、凍結が遅い部分については薬液を注入して凍結を促進する補助工法を実施しました。地中温度計測は、従来の白金温度計では測温管1本に30本のケーブルが必要なのですが、今回は1本の光ファイバーで計測できる光ファイバー温度計を採用し、これを約360箇所に配置しています。工事や設備の大幅な合理化が図れ、これによっても作業員の被ばく量を低減できたと考えています」
凍結開始前と比べて汚染水や建屋流入の地下水が1/3に
加藤「私は海側の遮水壁の凍結が開始された後の2016年7月、チームに加わり、現在は維持管理運転に携わっています。凍結開始後、凍土壁が徐々に造成されていきましたが、地下水の影響で、凍土壁ができにくい場所が顕在化してきたため、計画していた手順に従い、阿部所長をはじめとする鹿島建設の方々と共同で検討し、地下水の流速を落とす補助工法を適用し、いかにして早く凍らせ、閉合させるか、みなさんと一緒に日々奮闘しました。
2017年5月に始まった維持管理運転においては、凍土壁のコントロールが大きなテーマです。凍土壁を太らせすぎると近くにある構造物等に影響が出る可能性がありますので、日々地中温度を確認し、ブラインを循環・停止させながら、凍土壁の成長をコントロールしています。
従来の凍土方式による遮水壁はもともと長期間の運用を考えたものではないため、維持管理運転も手法が確立していませんでした。管理面でも、道路下にある操作バルブが凍って回らなくなり、凍りついたバルブや配管に温水や温風をかけて融解するなど試行錯誤を繰り返し、様々な対策を経て現在の維持管理運転が確立できたと考えています。この手法が新しい技術ということで、現在特許を申請しています」
松鵜「最新のデータでは、凍結開始前と比べて汚染水の発生量や、建屋に直接流入する地下水の量が約3分の1に減ったという効果が現れています。また、今回の取り組みでは、2019年4月に鹿島建設さんをはじめとする工事チームメンバーに対して、廃炉・汚染水対策を進める上で、顕著な貢献をした企業に贈られる経済産業大臣の感謝状が贈呈され、6月には造成・運用の功績に関して、鹿島建設さんおよび東京電力が平成30年度土木学会技術賞を受賞しました。鹿島建設さんをはじめとする関係各社の知見をお借りして、技術を活かしてようやく成し遂げたものですから、この取り組みが評価されたことは良かったと感じています」
全関係者の努力が評価された土木学会技術賞
阿部「土木学会技術賞は90余年の伝統のある大変権威のある賞で、とても光栄に思います。凍結工法自体は日本でも50年以上の歴史があるものですが、廃炉作業という厳しい環境下であることと、世界でも前例のない大規模工事であったこと、さらには、凍土遮水壁を長期間運用していくための技術確立という部分も含めて評価していただきました。言うまでもなく、非常に多くの関係者全員による努力に対して評価をいただいたと考えており、その意味でも感慨深いですね」
加藤「廃炉に向けて、今後も凍土遮水壁は重要な役割を担います。試行錯誤を繰り返して確立した維持管理運転について、品質を確保しつつ効率化に取り組み、更なるカイゼンを加えていかなければならないと考えています」
松鵜「私としては、効率化はもちろんのこと、作業員の負担軽減についても取り組んでいきたいと考えています」
阿部「凍土遮水壁の運用期間が長くなり、設備の更新を考えるステージに入ってきました。今後もトラブルなく、しっかりと現在の遮水効果を維持していくように努力していきます」
関連情報
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汚染源に近づけない ~重層的に進めてきた汚染水対策
福島第一原子力発電所では、山側から流れてくる地下水が建屋などに入り込み、事故で溶けた燃料を冷やす水と混ざって、汚染水となっています。汚染水を増やさないために、これまで実施してきた「建屋に地下水を近づけない様々な対策」について、動画でご紹介します。