資料館
それぞれのフィールドにおいて、自然との共生や環境保護活動などに精力的に取り組んでいらっしゃるオピニオンリーダーの方々との対談内容をご紹介いたします。
今回のゲストは、作家の田口ランディさん。尾瀬を訪れるのは初めてとのことですが、「まるで音が吸い取られているよう」と形容した静けさのなかで、足繁く通う屋久島や環境問題へのスタンスなどついてじっくりお話をおうかがいしました。
<作家>田口ランディ(たぐちランディ)
1959年、東京都出身。作家。屋久島を訪れたのを機に勤めていた編集プロダクションを辞め、インターネットでメールマガジンを発信しはじめる。2000年、『コンセント』を発表して作家としてデビュー。その後、さまざまなテーマの作品を数多く発表。原発、水俣、福祉、介護などの問題にも積極的に関わっている。
- 「若いころは自然にまったく興味がなく、都会派志向だった」というランディさん
- 竹内
- 屋久島で人生変わっちゃった、とおっしゃっていましたが、出会いは何年前ですか。
- 田口
- ちょうど10年前ですね。屋久島の大自然の中で普段の自分の生活を振り返って、「自分の生きていく道はこれじゃない」と気づき、会社を辞めて作家になっちゃいました。自然に触れることで、自分の気持ちを切り替えて新しい人生にチャレンジしていく人はたくさんいますよね。自然て、そういう妙な力を持っていると思います。
- 竹内
- たしかに自然にはパワーがありますよね。
- 田口
- 若いころは自然に全然興味がなくて、都会派志向だったんですけどね。だから、自然とがっぷり四つに組んで生きてきた人たちから見たら、それこそ「お前になにがわかる」っていう感じだろうなと思います。作家になって屋久島について書いたり語ったりするようになったときに、そのあたりのハードルが出てきました。
- 竹内
- 私も尾瀬の自然保護活動に携わるようになって10年になるんですが、まだまだ”素人”ですので、自信のなさはいつも抱えています。最近は素人なりの価値もあると思うようになりましたけど。
- 田口
- どうしたって私は”こっち側”、都会側の人間ですから、屋久島についてなにを言っても薄っぺらなんですよ。素人の自分に対するコンプレックスですよね。それでほかの人たち、たとえば水俣での公害問題について50年考えてきた人たちは、どうやって自己矛盾を解消したり自分の立ち位置をつくったりしてきたのかということを知りたくなって、勉強しながら手探りで関わってきたという感じです。今は、私なりの理解を伝えることで、「現場にいる彼ら」と「外にいる私たち」の間をつなげていくのが私の仕事だと思っています。
- 竹内
- 素人なりの悩みを抱えつつ、素人なりの開き直りも持ちつつ、なんですね。
- 田口
- でも、地元の代弁者のように発言することは慎みたいと思っています。大事なのはそこで暮らしている地元の人たちの思いや考えで、最終的な判断はその人たちに任せるべきというスタンスだけは大事にしています。
- 富士見小屋で腹ごしらえ。山菜やキノコなどの山の幸に舌鼓を打つ
- 竹内
- 先ほど、”エコ”は苦手、と伺ってびっくりしました。
- 田口
- そうなんですよ。今みんなが取り組んでいるようなエコアクションはなにもしていないというのが現実です。たとえば、間伐材について私なりの考えがあるので、MY箸は持たないし、私が住んでいる地方自治体ではゴミを分別しても最後は全部いっしょに燃やしてしまっているから、ペットボトルのリサイクルもしていません。まずは、回収されたものがきちんと活用されるサイクル、まさにリサイクルの輪をつくることが大切だと思います。今リサイクルの入り口は整ってきたけれど、出口がないんですよ。尾瀬のゴミはどうしているんですか?
- 竹内
- 尾瀬の山小屋で出た生ゴミは、全部乾燥させて外に持ち出し、その後植林の苗木をつくる畑の堆肥にしたりしています。一応リサイクルにはなっていますね。
- 田口
- それは素晴らしいですね。回ることが持続可能ということですから。
- 竹内
- でも、都会での生活を考えたら、生ゴミを堆肥にしても使い道がないですね。
- 田口
- みんなやる気はあるんだけど、システムがついてきていない。今の日本、特に都会は、大量消費・大量廃棄の仕組みで動いているから、そのなかでリサイクルを真剣に考えると、ちょっと神経症ぽくなっちゃうんですよね。
- 竹内
- なるほど。私は尾瀬と東京を往復する生活を送っていて、東京でも尾瀬と同じ価値観で生きようとすると、確かに無理があります。で、時々自分が偽善者というか似非エコロジストのような感じがして辛くなったりしてます。
- 田口
- ふたつの価値観のなかで揺らぐでしょ。でもそれはどうしようもないの!そんな辛さを個人が負わなくていいシステムを作ることが必要だと思います。
- 「一生の財産になりそうなすばらしい紅葉を見ることができました」と田口さん
- 田口
- そもそも私は「ゴミ」という概念に興味があるんです。縄文時代には、ゴミという概念は無かっただろうに、いつ頃から人間はゴミを生むようになったんだろうと思って。
- 竹内
- 関野吉晴さんがエコ対談で、「私たちは今、原材料がわからないものに囲まれて生きている」とおっしゃった言葉が印象的でした。逆に原材料がわかるものに囲まれた世界は、ゴミという概念がない社会なのかもしれませんね。
- 田口
- 100%リサイクル社会を目指すのであれば、ゴミ箱を「資源箱」とか「宝箱」とか言わなきゃダメですよね。そのへんから意識を変えていくことが大事かな。
- 竹内
- 一生懸命ゴミを減らす社会ではなくて、ゴミというものがそもそも無い社会を目指そうということですね。
- 田口
- 今はゴミを生むことでできている文化があるからゴミが必要なわけですよ。
- 竹内
- 経済学的には問題なのかもしれませんが、「最近の若者は消費しない」といわれていますよね。でも、両手に持てる以上のものを持とうとすると逆に大変で、大量消費・大量廃棄の社会は幸せでも快適でもないんだという考えが浸透してきたんだとすれば、私は良い変化だと思うんですよね。そう考えれば、ゴミが無い社会もそう遠くないのかもしれませんよね!
- 田口
- ロハスとか環境のためとかしちゃうと本末転倒だと思うんですが、そういう生活が快適だということになれば良いなと思います。
- 竹内
- 尾瀬が新しい価値観を持つ社会の実現に貢献できれば嬉しいです。素人の自信のなさに揺らいだり、東京と尾瀬の価値観の「クレバス」に落ち込んでしまったり、いろいろ悩みながら歩いてきましたが、ランディさんのお話を伺って心強くなりました!今日はどうもありがとうございました。