資料館
それぞれのフィールドにおいて、自然との共生や環境保護活動などに精力的に取り組んでいらっしゃるオピニオンリーダーの方々との対談内容をご紹介いたします。
雑誌「旅写真」2006年6月号より転載。花畑さんの作品を追加して再編集しました。
<写真家・尾瀬を撮り続けて30年>花畑日尚(はなはた にっしょう)
1939年京都府宇治市生まれ。
1975年に写真家を志し独立。
以来、山岳雑誌、写真雑誌などに尾瀬や北アルプスを中心に作品を発表する傍ら、 国内外の山岳撮影カルチャースクールの講師も行う。特に尾瀬での撮影経験は豊富。
著書は「花畑日尚写真集 尾瀬」(山と渓谷社)「尾瀬撮影ガイド」(ニューズ出版)
など多数。
- アヤメ平から望む燧ヶ岳
- 40年以上も続けられているアヤメ平湿原回復作業
- 竹内
- 尾瀬の保護活動を担当して7年目になる私ですが、正直知らなかったですね……。
- 花畑
- アマチュアカメラマンが一番分かっているんです。ちょっと見慣れない写真が発表されると「木道から外れて撮っているんだな」って。そりゃあ気づきますよ。木道上からレンズワークを駆使して作品作りをしているだけに「こんな構図はありえない」ということにね。
でも、それは一部の話。東京電力さんをはじめ、尾瀬に携わる人たちが十分に木道を整備してくれているおかげで「湿原に入ってはいけない」という意識付けは、かなり浸透しています。 - 竹内
- 尾瀬の保護活動は40年以上の歴史がありますからね。東京電力は前身の会社から引き継いで会社設立時に尾瀬の7割の土地を所有するようになりました。
当初は「ダムの建設予定地」でしたけど、尾瀬の貴重さが分かるにつれ、国民的財産を”お預かり”しているという意識に。そして、約20kmの木道整備、またアヤメ平をはじめとする湿原の回復作業など、地域のみなさんと一緒に保護活動に取り組んできたんです。 - 花畑
- 40年以上前ですか。ボクが尾瀬を撮り始めたのは約30年前。それより10年遡ると……。その頃はまだ「自然保護」という考え方はなかったですよね。
- 竹内
- 当時のハイキングブームで荒れてしまった尾瀬を見て、当社の先輩たちは「これはいけない」と思ったんでしょうね。その素直な気持ちこそが「自然保護」の原点じゃないかなと思います。自然を荒らしちゃいけない、というのは人間の本能から発していることかな、って。
- 花畑
- 木道は当初「人が歩きやすい道を」という意識で作られたんだけど、それがやがて「自然を守る」ためのものとなった。そこには、不思議な人と自然とのつながりを感じますね。
- カメラ談議にも花が咲く
- 尾瀬沼から見た早朝の燧ヶ岳
- 中田代・下ノ大掘川のミズバショウと至仏山
- 花畑
- ボクは作品という”記録”を残すのが仕事だけど、尾瀬を撮り続けているうち、むしろ”記憶”に残したい、という瞬間が増えてきています。
- 竹内
- えっ……。それは意外ですけど、写真家の花畑先生がそうおっしゃると、とても説得力がありますね。
- 花畑
- カメラを持っていると、撮影に夢中になって、とにかくシャッターを押すことだけに終始し、それに満足して帰ることになる。でも撮った景色をあまり覚えてない。それはもったいないし、寂しいことだと思うんです。もっとゆっくり歩いて、尾瀬のいろんなところを味わってほしい。「尾瀬を撮ろう」っていう動機があるのなら、尾瀬そのものがどういう構造なのかをもっと知ってほしいなあ。
- 竹内
- そういうことを頭に置いていれば、木道を外れて写真を撮ることの危うさにも自ずと気づきますよね。
- 花畑
- それは物事をきめ細かく捉えるという観察眼にもつながっていきますよ。
長年尾瀬に通っていると、木道の脇に花が多くなりつつあることに気づきます。尾瀬の中の種子を、訪れる人間が知らず知らずに運んで木道沿いに蒔いているんじゃないかと僕は思っているんです。 - 竹内
- 尾瀬の変化って、結局のところ尾瀬だけの問題ではないと思うんです。地球の変化って繊細な自然、例えば南極の氷の解け方だとかに顕著に現れるじゃないですか。尾瀬もそういう、仔細な自然の変化に気づきやすい場所なんだと思います。
- 花畑
- そこに尾瀬の存在理由のひとつがあるんでしょう。だからボクは、東京電力さんが中心に推進した「ゴミの持ち帰り運動」というのは大英断だと思っているんです。尾瀬という自然の大切さを、より気づかせてくれるファクターとしてね。
- 竹内
- あの運動は、定着するまでに10年を要したそうです。ほぼ3年がかりで「ゴミは山小屋まで持ってきてください」次に「登山口まで持ってきてください」そして最終的に家まで持ち帰って下さいという感じで。
- 花畑
- でも、10年で人の意識を変えられたっていうのはすごいことだよ! 日本人はすぐに結果を求めがちだけれど、自然が相手なら50年、100年単位で物事を捉える必要があるでしょう。
- 竹内
- それが尾瀬だけに終始するのではなく、毎日の生活にも感じられるよう、みんなの意識が拡大していけばいいな、と。みんなの尾瀬をみんなでまもることが、みんなの地球をみんなでまもることにつながるのが理想ですよね。
- 花畑
- そんな意識を取り戻すために尾瀬を訪れ、潤いを頂く。それが人間として自然な姿じゃないかな。