資料館
それぞれのフィールドにおいて、自然との共生や環境保護活動などに精力的に取り組んでいらっしゃるオピニオンリーダーの方々との対談内容をご紹介いたします。
今回のゲストは、『不都合な真実』の翻訳者であり、東京電力自然学校の社外アドバイザリー委員として、指導・助言をいただいている環境ジャーナリストの枝廣淳子さん。ニッコウキスゲが満開の夏の尾瀬を歩きながら、普段の生活に対する疑問や、環境問題に取り組む中でたどり着いた「価値観の転換」など、さまざまなお話をうかがいました。
<環境ジャーナリスト、翻訳者>枝廣淳子(えだひろじゅんこ)
1962年、京都府出身。東京大学大学院教育心理学専攻修士課程修了。環境ジャーナリスト、翻訳者。環境問題を主軸とした講演、執筆、翻訳、コンサルティングなどマルチに活動。NGO団体「ジャパン・フォー・サステナビリティ」の共同代表、首相の「地球温暖化問題に関する懇談会」メンバーなどを務める。
- ニッコウキスゲが満開の尾瀬ヶ原で鳥のさえずりに耳を傾ける
- 自然と共生する東電小屋。太陽光発電設備の前で。
- 竹内
- 枝廣さんは地球温暖化という大きな問題に取り組まれる一方で、身近な森を元気にしようという活動もされていますよね。
- 枝廣
- 薪や炭など森のエネルギーを使っていた頃は、暮らしの中に森がありましたが、今は人と森のつながりが切れた状態です。街にいながらでも、森に思いを馳せ、その保護に貢献できる仕組みを作ろうと、「私の森.jp」というサイトを立ち上げました。
- 竹内
- 森の保護のため何かしたいという気持ちはあるけど、何をしたらよいかわからないという方は多いでしょうから、ニーズは高いですよね。
- 枝廣
- 間伐材を使ったコピー用紙を選ぶなど、簡単なことで日本の森を守る事に一役買えるんですよ。
- 竹内
- なるほど。思いを馳せれば何かできることが出てきますね!
- 枝廣
- そうなんです。逆に言えば、つながりが切れ、思いがなくなることで、さまざまな問題がおこる。このことは、大学時代、カウンセリングの勉強をしていて気づきました。
- 竹内
- カウンセリング? 心理学ですか?
- 枝廣
- カウンセラーを目指していたんです。で、自分と、自分にとって大切なもの、例えば家族とのつながりが切れると心の荒廃がおこり、自然や地球とのつながりが切れると環境問題になるんだと気がつきました。私のテーマは昔も今も「つながり」なんです。
- 竹内
- なるほど。私も多分同じ意味で「ふるさと」という言葉をよく使います。都市化が進み、ふるさとを持たない人が増えましたが、自分の根っこに、大切な場所・風景があれば、心の平穏も保てるし、面倒なエコアクションもできると思うんです。私自身、尾瀬という「ふるさと」と出会ってとても変わったと思います。
- 枝廣
- 見えないけれどつながっていることに気づけば、自分たちの暮らしを支えてくれている森や地球に対する思いが湧いてきますからね。
- 竹内
- これからは、つながりをたどる想像力や経験が必要になってくるのかもしれませんね。
- シカの泥浴びによって湿原がむき出しになった「ぬた場」
- 枝廣
- 尾瀬を10年来見てきて、なにか変わったことはありますか?
- 竹内
- 雪が減った影響でしょうか、シカが増えて湿原が被害を受けています。
- 枝廣
- 対策は講じているんですか?
- 竹内
- シカが尾瀬に入る事を防ぐネットの設置なども行われていますが、あくまで対症療法ですよね。本当にやらなければいけないのは、雪が減るという気候の変動を止めることだと思います。でも温暖化を止めるには、CO2を50~60%削減しなければならないんですよね?今の努力の積み重ねでなんとかなるのでしょうか?
- 枝廣
- 今、地球全体で大気中の二酸化炭素を吸収できる力は31億炭素トン、排出量が72億炭素トン。半分削減しても温暖化は止まらないとなると、アプローチの仕方をゼロから見直す必要があります。私たちが今できることをやりつつ、経済や社会の構造を大きく変える、すなわち加速する社会のペースをスローダウンすることがとても大事だと思います。
- 「東京電力自然学校 尾瀬・戸倉校」で事前学習してから尾瀬へ。
- 枝廣
- 「足るを知る経済」という言葉があるんですが、そういう経済であれば地球への負荷はそんなに大きくならないと思うんです。社会のペースをスローダウンして、右肩上がりでなければならないという考え方を変えていけるか、それが大事じゃないのかなあ。
- 竹内
- そうですね。たとえば、今日本では少子化が問題とされています。でも、「人口は減っても、国民総満足度・総幸福度が大きくなるようにしよう」という発想の転換があっても良いですよね。「GDP(グロス・ドメスティック・プロダクト。国内総生産)」に代わり、「GNH(グロス・ナショナル・ハピネス)」を提唱しているブータンに以前から興味があり、今年の春行ってみたんです。そしたら、日本とは違って、自給自足、足りないものは物々交換で補い合うという、貨幣という媒介に頼らない経済だったんです。それを、我々の物差し、GDPで測って「貧しい」なんていうのはとても僭越だったと思ったし、今の私たちの物差しが唯一の価値観ではないと心底感じました。新しい物差しを持った社会であれば、二酸化炭素の半減も可能なのかもしれませんね。
- 枝廣
- 私たちはずっとお金を媒介にして幸せを得ることが普通だと思っていたけど、お金がたくさんあることが幸せに直接つながらなくなってきています。逆にお金を介さない幸せの度合いって増やしていけると思うんですよね。つまり「幸せの脱貨幣化」です。スローダウンした社会には新しい幸せがありますよ。
- 竹内
- ゆっくり、ですね。確かに「忙しい」という字は、心を亡くすって書くんですよね。
- 枝廣
- 「慌ただしい」は心が荒れると書きます。どんなに忙しかったり慌ただしかったりしても、心を亡くしたり荒らしたりしちゃいけません。その手綱を自分で握りしめることって大事ですよね。そのためにも、尾瀬のような場所で過ごすこういう時間が必要になってくるんだと思います。