災害に強い電気インフラを構築し、防災・減災に貢献
長岡技術科学大学と連携した共同研究プロジェクトがスタート
2021/03/29
2019年9月、千葉県を中心に甚大な被害をもたらした大型の台風15号。東京電力管内について言えば、最大約93万戸が停電。しかも復旧までに概ね約280時間を要し、近年の停電被害の中では突出して長期化する結果となりました。このような事態に対する危機感から、東京電力ホールディングスが2020年2月に国立大学法人長岡技術科学大学(新潟県:以下、技科大)との間で結んだのが、防災・減災に関する包括的連携に関する協定書です。2020年4月からスタートしている共同研究プロジェクトについて、担当者に話を聞きました。
国立大学法人長岡技術科学大学
技術開発センター 客員教授
東京電力ホールディングス株式会社 フェロー
吉澤 厚文
1983年入社。福島第一、第二、柏崎刈羽の各原子力発電所、本店原子力関連部署にて、主に原子燃料、安全に関わる仕事に従事。2011年3.11東日本大震災時には、福島第一原子力発電所ユニット所長(5,6号機)の立場で、故吉田所長と免震重要棟に泊り込み事故対応に当たる。その後、日本原子力発電(株)フェローを経て、2020年4月より現職。事故対応の経験を安全の新たな概念にまとめ、2019年博士(工学)取得。
台風15号の経験が防災意識の高まりにつながった
2020年2月に技科大と防災・減災についての包括的な連携を締結、同年4月から共同研究プロジェクトをスタートさせました。その背景となったのは2019年の台風15号です。東京電力管内も甚大な被害を受け、さらに停電が長期化したことでお客さまに多大なご迷惑をおかけしました。その状況を目の当たりにしたとき、われわれ自身の防災力を高めるべきだというニーズが社内から出てきたのです。
そのニーズを具現化するにはどうすれば良いかと検討した結果、技科大との連携が浮かび上がってきました。東京電力には技科大の出身者がたくさん在籍していますし、私も非常勤講師として5年ほど勤めていて学内に人的ネットワークがありました。技科大は理論をいかに技術として社会に実装するかということを中心に研究されています。防災力を高めるためには、理論を掘り下げるだけでは意味がありません。その理論を用い、さらにはメイドイン新潟の防災産業という形でアウトプットまで持っていきたいという思いがあり、お互いのニーズとシーズがうまくマッチして今回の協定に至りました。
「防災ワクチンTM」で災害に強い組織を作る
技科大とともに共同研究についての検討を始めたのは2019年9月。そこから翌年2月に協定書を締結しました。わずか半年足らずでそこまで話が進んだのは、防災に対してはスピード感が重要という考えが、私たちと技科大の間で一致していたからです。早く行動して早く結果を出すというサイクルを大切にしました。
協定の内容は次の6つです。
(1)防災、減災及びレジリエンスの向上
(2)地域産業の振興
(3)技術研究成果を活用した産業化
(4)SDGs(持続可能な開発目標)の取り組み
(5)教育及び人材の育成
(6)その他、両者が必要と認める事項
この方針のもと、2020年4月からは5つの共同研究プロジェクトをスタートさせました。それぞれのテーマは以下となります。
(1)自然災害対策技術
(2)災害時電源確保技術
(3)移動式災害対応技術
(4)住民・環境支援技術
(5)教育・組織レジリエンス向上
プロジェクトのスタートからまだ1年経っていないわけですが、すでに面白いアイデアが出始めています。
例えば「教育・組織レジリエンス向上」から出てきた「防災ワクチンTM」(商標登録中)です。コロナでも話題になっているワクチンですが、ワクチンはもともと弱毒化したウイルスによる刺激により、生体が持っている免疫力を引き出す役割を果たします。社会を一つの生命体と捉え、災害に対するある種の刺激を与えることで組織の持っている自主性を引き出し、災害への対応力を高める「防災ワクチンTM」を開発し、災害に強い組織を作っていこうという取り組みが、すでにスタートしています。
その一例が小学校での防災教育です。災害が起きたとき、みなさんの家庭の電気設備がどうなるかを実験してもらっています。いざ災害が発生したとき、自分を守ることがもちろん大事です。しかし、いずれは自宅に戻り、復興生活が始まります。そのときに一刻でも早く電気が使えるようにするためにはどうすれば良いか。そこを子供たちに考えてもらい、体験してもらう。さらに学校から帰ったら両親や家庭で話してもらうことで、地域の防災力を高めることに繋げてゆく。設備は被害を受けたら元の状態に戻すことで回復が終了しますが、人はより高いレベルへと進化することができます。これが「防災ワクチンTM」という取り組みの考え方です。
われわれがコミットすることで、新しい道を切り開く
プロジェクト初年度の2020年から、すでにさまざまな取り組みがスタートしています。
共同研究プロジェクトの「自然災害対策技術」では、例えば山間部に立てた鉄塔を土砂崩れからいかに守るか。そのために土砂崩れが起こるメカニズムをモデル化し、そこで得られたデータを元に実際の場所の状況を予測。危険な場所を見つけ出す技術の開発などに取り組んでいます。
「災害時電源確保技術」では、電気自動車や太陽光パネルの有効活用の検討を始めました。社会の変化で蓄電池を所有するお客さまが増加傾向にありますが、それら各家庭にある電気をローカルエリアに供給する方法を検討し、実現するための技術開発を行っています。
またロボティクスにも挑戦しています。これは「移動式災害対応技術」分野ですが、例えば復旧活動の際に瓦礫除去や泥の運搬など高齢者や女性では難しい作業をサポートする技術の開発を行っています。
災害発生時の避難状況下におけるライフラインの確保に寄与する「住民・環境支援技術」では、技科大で先行して開発が進んでいた雨水や生活用水を浄化する技術を実装する「ウォーターチェンジャーTM」を商標登録し、われわれの持つ電化技術を応用することで研究を加速させています。災害時はもちろん、新興国など水に困っているところでも有効活用できる技術です。
そして「教育・組織レジリエンス向上」については、前述の「防災ワクチンTM」を含め、防災に強い地域をどのように作っていくかということを、介護や流通分野を含めてさまざまな角度から研究しています。
また新潟県と連携し、県内の防災関連企業を産業クラスター化していく取り組みも始めました。具体的には、2020年9月に技科大と新潟県の共催で実施した「新潟防災シリーズフォーラム」の中で、県内の主要な防災産業約20社とワークショップを行い、新潟発の防災商品の開発を目指し活動を開始しています。まずは企業間のネットワーク作りからですが、そもそも新潟県と大学が共同で事業を行うのは初めての取り組みとのこと。われわれがコミットすることで、新たな道を切り開いていきたいと思っています。
長岡を「日本における防災のシリコンバレー」にしたい
共同研究プロジェクトがスタートしてまだ1年足らずですが、大学内はもちろん、新潟県内の防災関連団体のリアクションなどに盛り上がりを感じています。
私自身が初年度に経験した中で感じているのは、「リスクを低減するだけでは災害対応力は高まらない」ということです。強み…それは地域によって特性が分かれると思いますが、それをしっかりと理解した上で伸ばしていかなければ、災害に対してしなやかに対応することはできません。そういった考え方はこれまでできていなかったと思います。どちらかというとレシピを作り、その通りにやれば良いと考えていました。でもそれでは、レシピを与えられた人は、そこに書かれたことしかできないのです。「防災ワクチンTM」の概念を具現化する中で、未曾有の事態であっても、地域が主体的に考え、対応できる力を育んでいくことが大切だということに気づくことができました。この気づきは、私にとって福島第一の事故現場とも共通する点であり、大きな収穫です。
また、技科大では、当社の研究がきっかけとなり、この取り組みを発展させて「地域防災実践研究センター」構想を取りまとめました。これは、地域の主要インフラ企業や自治体との産学官連携による防災の「知の実践拠点」を目指した取り組みになります。本年1月21日には、技科大の東学長と、新潟県花角知事が防災・減災に係る包括連携協定を締結し、センターの活動が具体的に開始されています。当社もこの取り組みの核となって活動を進める予定ですが、いずれ新潟県長岡市が、日本の防災におけるシリコンバレーのような場所になることが私の夢です。
長岡技術科学大学
技術開発センター 客員准教授
東京電力ホールディングス株式会社 新潟本部 副本部長
岡村 祐一
1991年入社。柏崎刈羽原子力発電所6,7号機建設をはじめとし、本社、福島第一、福島第二原子力発電所において原子力機器の設計や保全業務に従事。福島第一事故時には、4号機燃料プール注水(キリン作戦)や汚染水処理プロジェクトを立ち上げ、事故の収束に尽力した。リスクコミュニケーターとしてマスコミ会見対応なども経験し、2019年4月より現職。
防災・減災を事業化することで、お客さまの役に立ちたい
今回の技科大との連携に際し、社内に「防災産業推進室」という、社長直轄の組織を作りました。その根幹となっているのは、やはり2019年の台風15号、そして19号の衝撃です。われわれ東京電力も、当時、非常に厳しい経験をしました。しかし、その経験はわれわれがこれから何をしていくべきなのかを考えるきっかけともなったと思います。
つまり、電力産業は電気をお客さまにお届けするだけではないということです。われわれは電化を通じて電気を中心としたさまざまなサービスを提供しています。だとするなら、防災についてもわれわれができることをしっかりと身に着け、それをサービスとして提供する。それが「防災産業推進室」を設立した意義だと捉えています。そこには社長直轄の組織として社長の強い思いが込められています。われわれはそれに応えていきたいと思っています。
技科大との連携はまだ始まったばかり。技科大の新たなビジョンである「地域防災実践研究センター」構想の実現に向け、まだ模索が続くと思います。しかしわれわれが防災を事業と捉えて推進していく以上、お客さまに役立つビジネスに昇華していかなければなりません。
そのビジネスには、防災関連商品の開発などもあるかと思います。しかし、まずは“防災に対処するのは人間であること”に向き合い、いざというときに活躍できる人材を育てていくことも重要なミッションだと捉えています。
私自身について言えば、初年度から貴重な経験をさせてもらっています。例えば9月に新潟県と技科大、そしてわれわれで行った「新潟防災シリーズフォーラム」では、宮城県石巻市北上など全国から災害に強いと呼ばれる自治体(市町村)に集まっていただき、その施策を実例とともに勉強させてもらいました。みなさんの話の中には、これからの防災に生かすべきヒントがたくさんあります。それがどういう仕組みでどう高めていくことができるのか考えることに、私個人としても非常に魅力を感じます。ひとつひとつ学びながら、われわれの取り組みに活かしていきたいですね。